さようなら 2025年


文章をこねくり回して綺麗に整えるよりも、勢いに任せて書き綴ったほうが気持ちいいので、勢いで文章を綴る。

ここはうるさいインターネット。この文章は日記相当のものであり、数年後の自分が読み返すことを第一の目的としている。誰が読んだっていいが、あまり面白いものではないと思う。非常にポエミーな文章で臨ませもてらう。


2025年は「エンジニアはどうやって事業に貢献すべきなのか」を考える時間が多かった。ソフトウェアエンジニアもビジネスマンなのだから売上に対して敏感になるべきという論調も理解できる。ただ、EM や VP といったポジションがこれを語るのは自戒も込めて責任の放棄だとも考えている。組織の成果を最大化するという観点で、仮にその組織を構成する多くのメンバーが売上にたいして敏感になれるならば、その論調は正しいと言える。一方で、そうではない組織ならば、 EM や VP は翻訳者としてビジネスメンバーの言葉をエンジニアメンバーに翻訳する必要がある。その方がパフォーマンスが高いなら。

マネジメント視点でいえば上記のとおりだが、一エンジニアとしては売上に対して敏感になるに越したことはない。営利企業ならば尚更。結局は、どの視点で語るかでしかない。巷では Foward Deployed Engineer が流行っているが、全ての事業や組織にとって正解ではない。Product Engineer や一般的な Software Engineer などそれぞれの事業や組織にとっての正しい姿を定義すること、そしてその定義を世に広めることが最も重要である。

少なからず、私は事業そのものに対して敏感でありたいし、自ら売り上げを立てられるような人材になりたいと思っているわけだが、全ての人がそうである必要はもちろんない。

こういう考え方になってから、組織や人材について語る本を積極的に読まなくなってしまった。前提条件が完全に一致することなんてないですもん。どうにかして新しいインサイトを得たい、プロジェクトがどん詰まりで何も想像できない、みたいな窮地に追い込まれない限り、一次情報を集めることに徹する方が結果として良い方向に向かう。先人の知恵は偉大だけど、現場に落ちている情報も偉大。現場の情報無くして正しい意思決定はできない。情報が先、手段は後。


また、2025年は組織のメンバーと対話する時間が例年に比べて多かった。対話をする中で自分の中で整理を進められたものも多い。

・一見非合理的に見えたとしても、自分以外の誰かにとっては合理的である。相手の立場になって考えるとは、相手が思う合理的な論理の材料を知り、自身の合理的な論理との差分を知ることだ。全ての知識と背景が共有される理想空間では全て同じ結論に辿り着く。

・リスペクトとは、単に相手の方が知識や経験を多く持ち合理的な結論を導いていると盲信することではなく、自身が知らない・見えていない根拠を相手が持つと信じ、それを知ろうとすることである。

・怒りや不安といったネガティブな感情は対象への期待が高いときにしか発生しない。期待を高めることが決して悪とは限らない。期待を高めるためにはメタ認知能力を養う必要があり、メタ認知能力を発揮できない場合は期待を高めてはならない。

・可処分時間は有限で、一人では大きなことを成し遂げられない。ビジネスは意思決定の数だけ前に進む。組織やチームが大きければ大きいほど意思決定の数はリニアに増える。仕事とは意思決定である。

・ビジネスにおいて合議制は存在しない。議論が発生した時には誰がオーナーなのかを確認し、オーナーが意思決定を行う。フォロワーは判断材料を提供し、自分の知識や経験から導かれる論理を展開する。たとえその論理が間違っていたとしても、オーナーとフォロワーの論理の差異が浮き彫りになり、情報の共有が行われる。

・責任とは尻拭いをすることではなく何かを決めること。身の回りで起きたあらゆるトラブルに対して最善策を模索すること。全ての出来事を自分ごととして捉えて自分なりの意見ガ言えること。

殴り書きだが、こういう持論を集めるのが人生なのだと思う。飽くまでも持論であり、別の人は異なる意見を持っていると知っている。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めないし、意見は違ったっていい。妥協はするな、多くも求めるな。


2026年以降、あるいはこれからのキャリアについて考える時間も多かった。そもそも自分は何がしたいんだっけという問いを近所の公園で亀の型に砂と水を流し込みながら考えていた。

20代の時に持っていた「何者かになりたい」みたいな欲求は気付かぬうちに消えていた。野心的で情熱的な自分はいなくなってしまった。別に病んでいるわけではないが、「何者かになりたい」みたいな抽象的な原動力で動かないようになった。もっと具体的に、「この事業領域がいい」「この人と働きたい」「こういう能力を獲得したい」みたいな原動力に繋がる自身の欲求を言語化できるようになったからだと思ってる。

結局のところこれからのキャリアをどうするかについてバチンと結論は出ていないので、とにかく手と足と脳を動かしてみることにしている。今まで以上に人と話す機会を増やす。技術的な検証を行う時間と環境を確保する。法人を設立して経営ごっこをする。その先に何か芯食ったやりたいことが見えてくるといいな。

バチンと結論は出ていないけど、関心の強い事業領域でいえばデータ周り、AX/DX周り。獲得したい能力で言えば、抽象から具体まであらゆる解像度で言語化する能力がほしい。抽象的な言語化に留まって、具体的な話に繋げられないことがある。


ここ最近の AI に対する所感を述べると、 AI / LLM による第一次パイ奪い合い大戦が終わったような感覚がある。例えば、サービスやプロダクトで「LLM を組み込んでこんな機能を作りました」をリリースした時に獲得できるパイが残っていない状況だと思っている。プロダクトライフサイクル的に言えば、導入機。

次のパイの奪い合いは、GPU やメモリといったハードウェアの進化と価格漸減、LLM や RAG を取り巻くエコシステムの発展が開始の合図になると思ってる。いまは資本力が高くリスクを背負って投資できる企業が第一次パイ奪い合い大戦を制した印象で、ハードウェア・ソフトウェアの進化や発展がやってくると、後期成長期・成熟期がやってくる。

こうなってくると LLM を活用した機能開発の経験が求められたりするわけだが、これまでと違って個人の可処分所得から手を出すには厳しい金額感なので、現職で LLM を活用した機能開発をしていない層はどうリカバリするのかめちゃくちゃ難しいところ。


そんな感じで、もう社会に出てから 10 年経ってしまった。10年も経ったのにビジネスマンとしてあまり成長できていないという焦燥感、結婚や子育てを通じたヒトとしての充足感、いろんな感情が入り混じっているが次の 10 年も何かしらのポジティブな変化があるといいな。

仕事の話ばかりになってしまったけど、あしもとはゴルフを上手くなってウェイトトレーニングを本格的に再開したい。あと発声を改善したい、もっと息を吐いて喋る!